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野中 瀧戸八幡宮

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名称八幡宮はちまんぐう
所在静岡県富士宮市野中685(大泉寺の所在地)
主神応神天皇
創建不詳例祭11月4日
神紋三巴(本殿)社格旧無格社
神徳五穀豊穣・厄除けほか
交通JR西富士宮駅より徒歩13分 駐車場無

瀧戸の氏神

ただいずれにせよ、天和3年(1683)には存立し、社人町が社殿造営に何かしら関わったことは間違いない。社人町は、浅間大社の西鳥居~旧国道一帯の古い地名である。その名の通り浅間大社の社人たちが住まい......

野中大泉寺と隣接している八幡宮。

かつては旧身延山道ぞい(字滝戸665番地、現在の富士宮第三中学校運動場付近)に鎮座していましたが、昭和24年、学校建設にともない現在地へ遷座。いまは大泉寺の鎮守のようなたたずまいです。(ちなみに大泉寺には、白尾神社という鎮守がありました。江戸後期に白尾山に遷座し、いまは野中神社に合祀)

資料乏しく、創祀・沿革は判然とせず。ただし、棟札の記録に「天和三癸亥(1683)年六月駿州富士郡社人町施主」とありますから、この時には祀られていたのでしょう。下って江戸末期の『駿河志料』を引くと、「野中村 八幡社 二ヶ所、中村 瀧戸にあり」と所載。中村は野中神社、瀧戸は当社を指しています。

例祭は、陰暦時代9月15日、新暦になって10月17日へ改め、現在は富士山本宮浅間大社の秋祭りにあわせて11月4日になっているとのこと。

神域入口

大泉寺の北隣。生垣に囲われた一角に、神域入口とおぼしき石段があります。

鉄扉

ただし鉄扉は施錠され、開きません。

境内へ

致し方なく、地続きの大泉寺七面堂をへて神域裏手にまわり、社殿のお尻を見ながら境内へ入ることに。なかなかに難儀。

社殿
社殿

狭い境内に、入母屋造りの古びた社殿がぽつん。昭和8年改築。同24年に移改築し、同47年に大修理を行っているとのこと。

本殿

中に本殿と太鼓。

灯籠

石灯籠。文化9年(1812)9月銘。

石造物
石造物

境内に石造物が多数。上段左から享保2年(1717)年の庚申塔明和9年(1772)の馬頭観音、石祠。下段左から石祠、石祠、享保2年(1717)年の庚申塔

石祠は「天神社」と「山神社」があることは手もとの資料に見えますが、残りひとつは判然とせず。天神社は、昭和初期の『大宮町誌』に境内社として載っていますから、古くから祀られていたようす。山神社はむかし山の神講を組織し、けっこうな社財を有していたそうですが、大戦の影響でなくなってしまったそうです。


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この記事へのコメント

- たっつん - 2011年08月19日 17:48:35

閉ざされた神社って何か悲しいですね。
防犯上の理由から夜間は閉めるところもありますが、誰でも参拝できるようにしていただきたいものです。

- やそば - 2011年08月19日 18:58:45

たっつんさん、こんばんは。

「来るもの拒まず」というおおらかさが、神社の魅力ですよね。
氏子の方はどのように参拝されているのかなぁ。
うーん、気になります。

- タク - 2011年08月19日 20:19:11

確かに、門を閉められていると悲しくなりますね。
氏子以外には開かれていない感じで・・・昔、何かあったのでしょうかね?
その為でしょうか、なぜか物置の様に感じられてしまいます。
・・・は!!不謹慎でした!!

- やそば - 2011年08月21日 15:49:19

タクさん、こんにちは。

やはり大泉寺さんの境内になるのかなぁ、
なんとなく「間借りしている」感があるんですよね。
鳥居や社号標はありませんし。

そのあたりが原因なのかもしれませんね。

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