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妙覚山 大泉寺

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名称大泉寺だいせんじ [山号:妙覚山みょがくざん
所在静岡県富士宮市野中685
宗派日蓮宗本尊一塔両尊四士
創建鎌倉中期開基由比五郎
開山日興上人本寺身延久遠寺
寺紋丸に篠笹、日蓮宗橘鎮守七面堂
交通JR西富士宮駅より徒歩14分 駐車場有

鎌倉中期開創の古刹

万治3年(1660)5月、現在地へ移転した。この時の棟札には「奉新造営駿州富士郡野中村妙覚山大泉寺殿堂壱宇成就砌」とある。(ちなみに半世紀前の慶長14年棟札には「宗祖大菩薩身延御入山之砌リ文永十一......

野中大泉寺は、鎌倉期に開かれたと伝えられる日蓮宗の古刹です。

身延山直末の中本寺で、かつては富士郡上方庄(現富士宮市)の触頭をつとめ、貞享5年(1688)に永聖、万延元年(1860)に永紫紋白、大正8年に緋金襴跡となっています。『駿河記』によれば、19石3斗の除地があったようです。

日蓮上人が文永11年(1274)に身延山へ入ったとき、道すがら大宮(富士宮市中心部)を通っています。詳しくみると、5月12日に鎌倉を発ち、同日酒勾(小田原市)、13日竹之下(駿東郡小山町)、14日車返し(沼津市三芳町)を経て、15日に大宮(富士宮市)へ入りました。

大泉寺縁起によると、大宮に着いた日蓮上人の一向は、郷士由比五郎邸に泊まりました。このとき、由比氏は家を挙げて歓待し、上人は氏に戒を授けたと伝えられています。のち由比氏は、万野原に大泉寺を造営、血縁の六老僧日興上人を開山に招きました。(黒田の鷲目山本光寺にも日蓮上人宿泊の伝承あり)

表参道

市道ぞいにある表参道入口。一帯は「大門」と呼ばれています。門はないものの、幟台や山寺号を記した題目塔、それにほうぼうから集められた石造物があります。昔はここから杉並木が続いていたそうですが、いまやすっかり住宅地に。

石造物

「大門」に集められた石造物たち。水神塔、馬頭観音、道祖神、庚申塔。見切れていますが、疎水碑と甲子塔もあります。

参道

「大門」から住宅地を歩くと、ほどなく整備された参道に入ります。山のみどりが溢れんばかりに迫り、まことにすがすがしい景色。

山門

朱塗りの山門に到着。小ぶりで、どことなくかわいい四脚門です。大泉寺が万治3年(1660)に移転してきたとき建てられた、現存最古の建造物。

題目塔

山門脇に置かれた古い題目塔。造立は万治2年(1659)5月ですから、大泉寺の移転(同3年)にさきがけて立てられたようです。

水盤

山門の後ろ右手に水盤。子どもがうずくまったくらいの大きさの自然石。案内板によれば、慶長14年(1609)ごろ宇佐美藤兵衛・春和夫婦が奉納したもの。

手水舎

境内風景。左奥は手水舎。

本堂

平成8年に新築された本堂。かなり大きな入母屋造りです。翼をひろげた鳥のように屋根をひろげ、どことなく身延山の祖師堂に似た雰囲気。

彫刻
彫刻

本堂彫刻。唐破風の向拝下に龍(蟇股)、蓮(同)、獅子(木鼻)、兎の毛通しに鳳凰、妻の二重虹梁に力士の彫刻。富士宮市の坪井宗也彫刻師の作。

極楽寺祖師堂

寺域左手、一段高いところに極楽寺祖師堂。極楽寺祖師像などを奉じています。山のみどりを背にし、なかなか趣あるたたずまい。

鐘楼堂

鐘楼堂。昭和10年造立。外観は変哲もないですが、下から仰ぐとツルの天井画が。おしゃれ。

藤棚

鐘楼堂の隣に藤棚。

通用門

通用門をぬけたところ。ここから北にゆくと塔中や七面堂があります。

七面堂
天井画

やや小高い地に七面堂。隣に八幡宮、向かいには大光坊があります。祀っているのは、七面大天女、妙見菩薩、稲荷大明神。天井に、色とりどりの絵がびっしりと。


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