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前富山称稔寺の庚申山門

庚申山門

小潤井川に面した称念寺の門柱を抜けると、鉄筋コンクリート製の山門が建っています。門の上に八角円堂をのせた奇抜なレイアウトで、下層に小さな仁王さんが鎮座。「これは仁王門かな」と思いきや、扁額には「庚申山門」とあります。なんでも、上層に祀る青面金剛――庚申信仰の崇拝対象――が名称由来とのこと。

この青面金剛は、浮雲山庚申院(称念寺末)の本尊でした。聖徳太子作という、とほうもない伝承があります。庚申院は荒田島にあり、境内23間×13間、本堂4間半×4間半、庫裏4間半×6間の規模(『行人塚』)だったそうですが、明治5年に称念寺と合併し、廃寺となりました。以降青面金剛は、称念寺境内で祀られ、平成3年に山門が落慶すると、その上層に居を移しました。

浮雲山庚申院の沿革は、詳しく知りません。ただ江戸中期に記された『田子のふるみち』に吉原宿(中吉原時代)の町割がくわしく紹介されており、その中に、

「(西町に)松一本ありて、その元に元吉原、木元権現を移す(分祀し、中央町木元神社を創建)。壱つのほこらあり、この添いに中川原の野道ありて庚申堂あり」

とあります。おそらく、庚申堂=庚申院なのでしょう。

本尊の青面金剛について、江戸後期の地誌『駿河記』『駿河志料』を引くと、

「傳云、この靈像むかし海上より出現、利生多きによつて詣づる者多し。別而漁獵に應驗あり。漁有り鮮魚を以て賽す。祭神は猿田彦命なるべし」(『駿河記』)

「此神像は海中出現にて、應現いちじるきに依て、詣ずるもの多く、殊に海の幸に驗ありとて、漁者海魚を備へ報賽とす」(『駿河志料』)

とくわしく所載。「漁業に霊験あらたか」と、ひろく知られた仏像だったようです。

なお荒田島の正宝稲荷神社は、主祭神である宇迦之御魂神のほかに、青面金剛、弁財天を配祀しています。この青面金剛は、庚申院の廃寺を惜しんだ荒田島の人々があらたに像を作り、同じく廃寺となった誓覚寺(真言宗/今泉東泉院末)の本尊・弁財天とともに、正宝稲荷神社に祀った――という説があります。

この記事へのコメント

- たっつん - 2011年08月04日 22:14:43

庚申院(堂)というのは見るのが初めてです。
こちらにおこもりをしたんでしょうかね?

- やそば - 2011年08月05日 12:49:00

たっつんさん、こんにちは。

そのようですね。
資料によると、界隈では有名な像だったようですから、
参加した人も多かったのかもしれません。

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