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富士山の世界遺産登録に向けた推薦書原案提出

追記へ

新聞各紙の報道によれば、静岡・山梨両県が昨日、富士山の世界文化遺産登録に向けた推薦書原案を文化庁に提出しました。文化庁は原案をもとに推薦書を作成し、来年2月1日までにユネスコ(国連教育科学文化機関)へ提出する方針。

外部リンク 『推薦書原案』(富士山を世界文化遺産に)

『推薦書原案』によると、富士山は、

「古来自然物、特に山岳に対する信仰の伝統を持っていた日本人に畏敬の念を抱かせ、日本における様々な宗教・宗派の枠を超えて信仰の対象とされてきた」

「冬季に一般的に見られる雪を戴いた姿や周辺の湖や海岸などの展望地から見られる富士山の稜線の持つ神秘的な美しさは、時代を超えて多くの人々に賞賛され、様々な芸術的な創作活動に対する意欲を掻き立ててきた」

わが国を代表する山であり、類例なき価値をもつ名山であることを強調しています。

構成資産

推薦の構成資産は次の25件。

富士山そのもの、富士山を崇める浅間神社や巡礼地、富士山を題材とした芸術作品の視点場(または舞台)の3点から選ばれています。

  • 富士山域
    • 山頂の信仰遺跡
    • 大宮・村山口登山道
    • 須山口登山道
    • 須走口登山道
    • 吉田口登山道
    • 北口本宮冨士浅間神社
    • 西湖
    • 精進湖
    • 本栖湖
  • 富士山本宮浅間大社
  • 山宮浅間神社
  • 村山浅間神社
  • 須山浅間神社
  • 冨士浅間神社(須走浅間神社)
  • 河口浅間神社
  • 冨士御室浅間神社
  • 御師住宅(旧外川家住宅)
  • 御師住宅(小佐野家住宅)
  • 山中湖
  • 河口湖
  • 忍野八海(出口池)
  • 忍野八海(お釜池)
  • 忍野八海(底抜池)
  • 忍野八海(銚子池)
  • 忍野八海(湧池)
  • 忍野八海(濁池)
  • 忍野八海(鏡池)
  • 忍野八海(菖蒲池)
  • 船津胎内樹型
  • 吉田胎内樹型
  • 人穴富士講遺跡
  • 白糸ノ滝
  • 三保松原
構成資産の神社

以下、(ブログの趣旨的に)構成資産の神社にしぼって紹介します。

なおこれら各社は、富士山のふもとをぐるりと囲むように点在しています。車で1日かけ、物見遊山を兼ねながらのんびり巡拝すると、ちょうどいいあんばい。時間があれば、資産外ながら遜色ない歴史を有している下方五社小室浅間もおススメです。

富士山本宮浅間大社

富士山を崇める浅間神社の総本宮。富士山を神体山とし、山頂には奥宮が鎮座している。太古、富士山麓で創祀され、山宮を経て大同元年(806)に現在地へ遷座。朝廷・武家から崇敬され、江戸期は神領1,129石余。本殿・幣殿・拝殿・楼門は徳川家康の再建、うち本殿(浅間造)は国重文。◆所在地/静岡県富士宮市宮町1-1。主祭神/浅間大神。社格/式内社、駿河国一宮、旧官幣大社。 >>詳細はこちら

浅間大社
富士山本宮浅間大社 本殿
山宮浅間神社

富士山本宮浅間大社の旧跡(本宮の元摂社)。その関係から、数ある本宮摂社のなかで最も尊重され、以前は年2度、本宮から祭神が里帰りする御神幸が行なわれた。神主は本宮社人・山宮太夫の兼務した。本殿は備えず、遥拝所から神奈備である富士山を仰ぎ、祭祀を行なう古めかしい形態。◆所在地/静岡県富士宮市山宮字宮内740。主祭神/木花之佐久夜毘売命。旧社格/村社。 >>詳細はこちら

山宮
山宮浅間神社 遥拝所
村山浅間神社/大日堂

表口の旧登山道・村山口に鎮座し、「富士根本宮」と号する古社。江戸期まで表口登山道と山頂大日堂およびその帰属地を支配していた富士山興法寺(村山修験)の主なる堂社のひとつ。明治期の神仏判然令により神道に属したが、今でも同一境内に大日堂(単立)と並び立ち、神仏習合を色濃く残す。◆所在地/静岡県富士宮市村山字水神1151。主祭神/木花之佐久夜毘賣命。旧社格/県社。 >>詳細はこちら

松雲寺
村山浅間神社/大日堂 大日如来像
須山浅間神社

須山口の登山口に鎮座し、「南口下宮」と号する。社記によると、景行天皇の御代(71~130)日本武尊が奇瑞によって創祀。欽明天皇13年(552)蘇我稲目宿禰が再興、天元4年(961)平兼盛が修理したとする。戦国期は甲斐武田氏、江戸期は小田原藩から崇敬された。御師が周辺に集落を形成していた。◆所在地/静岡県裾野市須山字柳沢722。主祭神/木花開耶姫命。旧社格/郷社。 >>詳細はこちら

須山
須山浅間神社 参道
冨士浅間神社(須走浅間神社)

富士山須走口登山道の登山口にあり、「東口本宮」と号する。社伝によると、延暦21年(802)の富士山噴火のさい鎮火祭事が行われた跡地に、大同2年(807)社殿が造営されたという。一方、江戸期は空海(弘法大師)の開闢を称し、「弘法寺浅間宮」とも号していた。小田原藩主の崇敬があつかった。◆所在地/静岡県駿東郡小山町須走126。主祭神/木花開耶姫命。旧社格/県社。

須走
須走浅間神社 拝殿
人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)

富士山西麓の溶岩洞穴「人穴」にあり、通称人穴浅間神社。人穴は、富士講の開祖・長谷川角行が修行&正保3年(1646)に往生した地であり、富士講において「西の浄土」と呼ばれた聖地。境内に富士講信者が建立した墓碑や供養碑が林立し、「人穴富士講遺跡」として市史跡。◆所在地/静岡県富士宮市人穴529。主祭神/木花佐久夜毘賣命。配祀/徳川家康、藤原武邦。旧社格/村社。

人穴
人穴浅間神社 富士講遺跡
北口本宮冨士浅間神社

富士山北口(吉田口)登山道の起点にあり、ことに富士講からあつく崇敬された社。社記は景行天皇40年(110)日本武尊が富士山を遥拝して大鳥居を建て、10年後里人が小祠を建立したとする。他方『甲斐国志』は、二合目の小室(冨士御室浅間神社)から勧請されたと紹介している。◆所在地/山梨県富士吉田市上吉田5558。主祭神/木花開耶姫命、瓊々杵命、大山祇神。旧社格/県社。 >>詳細はこちら

北口
北口本宮冨士浅間神社 表参道
河口浅間神社

『三代実録』所載の「浅間明神祠」(史料上、山梨県で初めて祀られた浅間神社)および『延喜式』所載の「浅間神社」の有力論社。「延喜式内明神大社浅間神社」と私称する。中世、歴代領主から信奉され、江戸期は将軍家の祈祷所に。周辺に100軒をこす御師坊が連なり、登拝の拠点として賑わった。◆所在地/山梨県南都留郡富士河口湖町河口1。主祭神/浅間大神。旧社格/式内社、旧県社。 >>詳細はこちら

河口
河口浅間神社 境内風景
冨士御室浅間神社

富士山2合目に本宮、河口湖畔に里宮が鎮座する古社。本宮は文武天皇3年(699)、里宮は天徳2年(958)創建と伝えられる。戦国期は「御室」「富士山北室」などと称し、武田氏歴代から祈願所として厚遇された。『甲斐国志』は本宮を「小室浅間」、里宮を「富士浅間」と所載している。◆所在地/山梨県南都留郡富士河口湖町勝山3951、3953。主祭神/木花咲耶姫命。旧社格/県社。

御室
冨士御室浅間神社 本宮本殿

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