スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

曹洞山永源寺の末寺

永源寺は、岩本山ふもとにたつ曹洞宗の古刹です。9世紀初頭に弘法大師が開いた真言道場「白金山永見寺」の跡地に、16世紀初頭、青見先照寺5世寿天宗聖和尚が伽藍を再建。曹洞宗へ転じ、山寺号を曹洞山永源寺に改めたと伝えられます。

江戸期は色衣着用を許された小本山格で、朱印地7石1斗。末寺は8か寺ありました。市内の曹洞禅刹では、原田永明寺横割成安寺に次ぐ規模です。末寺のうち3寺は文化年間(1804~17)、2寺は明治6年に廃されたらしいですが、いまも木島円通寺、松岡永光寺、木島松雲寺の3か寺が存続しています。

不動山円通寺

所在地/富士市木島488。開山/富岩了銀和尚。永源寺4世富岩了銀和尚が天正年間(1573~92)に開創。江戸期は除地8畝歩。大正2年『富士川町誌』によれば、当時は境内7畝20歩、田畑山林合反別2町7反29歩を所有。木島不動尊を管掌しており、2月末の祭典では木綿20反に描かれた不動明王を開帳。

円通寺
円通寺本堂
松岡山永光寺

所在地/富士市松岡2409。開闢/才州伝藝和尚。松岡と岩本の境にあります。もとは真言寺院で四ツ家にあったものの、明応年間(1492~1500)洪水で流失。文亀2年(1502)に再興・改宗し、元禄7年(1694)永源寺11世霊明韻英和尚によって現在地へ移転。明治初期、境内に岩松小学校の前身「巌松舎」設立。

永光寺
永光寺山門
普門山松雲寺

所在地/富士市木島679。法地開山/霊明韻英和尚。永禄3年(1560)岩淵と岩本を結ぶ富士川渡船鎮護のため開創されたと伝えられます。元禄13年(1700)霊明韻英和尚が法地開山。江戸期は除地6畝歩。明治6年、室野法蔵院を併合。大正2年『富士川町誌』によれば、当時は田畑山林4町3反6畝余歩を所有。

松雲寺
松雲寺山門
廃寺となった末寺
仙渓山宝蔵院

跡地/富士市木島字室野。開山/蘭室薫和尚。不動山円通寺を開いた永源寺4世富岩了銀和尚の弟子蘭室薫和尚が開いたとされます。江戸期は除地1反歩。明治6年(12年ごろとも)、普門山松雲寺と合併。

安相寺

跡地/富士市岩本。詳細不明。

その他

『富士市の仏教寺院』に法泉寺(岩本)、光祥寺(岩本)、東光寺(岩本)の名がみえ、『行人塚』に法泉寺、光神庵、東光庵の名がみえます。光祥寺=光神庵、東光寺=東光庵でしょう。

法泉寺の在所に関し、『富士市の仏教寺院』は岩本としていますが、『行人塚』は触れていません(安相寺は岩本と明記)。『廣國山先照寺縁起』を引くと、仙渓山宝蔵院の隣に「清泉寺 庵原郡宝野村(宝野=室野)」という寺が見えます。室野を含む木島地区は永源寺の教線が及んだ地ですから、あるいはこれが該当寺院かも。

番外
不死山岳松寺

所在地/富士宮市光町11-25。開山/能室南芸和尚。永禄2年(1559)能室南芸和尚が富士宮市沼久保に開いた永源寺の元末寺。ただし本寺から遠く不便だったため、協議の末、延享元年(1744)星山大悟庵末となりました。大正年間、現在地へ移転。沼久保の旧地には観音堂(えんま堂)が建っています。 >>詳細

岳松寺
岳松寺本堂

この記事へのコメント

トラックバック

URL :

ブログ内検索
エントリーリスト
最新のエントリー
最新コメント
ブックマーク
ブロとも申請フォーム
Twitterもやっています

Twitter < > Reload

参加中
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へにほんブログ村 地域生活ブログ 静岡情報へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。