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曹洞山 永源寺

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名称永源寺えいげんじ [山号:曹洞山そうとうさん
所在静岡県富士市岩本1941
宗派曹洞宗本尊釈迦牟尼仏
創建伝:大同2年or弘仁4年開基弘法大師
開山寿天宗聖大和尚本寺青見先照寺
寺紋五七桐 三巴(屋根瓦)末寺3か寺
交通JR竪堀駅より徒歩19分 駐車場有

前身は真言宗永見寺

改宗以降、今川氏真や豊臣秀吉、江戸幕府などの保護を受けながら法灯を継承し、岩本や富士川対岸の木島などに教線を広げた。天正18年(1590)、豊臣秀吉より朱印地7石1斗や寺中諸役免除を与えられ、寛永......

永源寺は16世紀初頭、廣国山先照寺(富士宮市大中里)5世寿天宗聖和尚によって開かれました。寺伝によれば、9世紀初頭に建立された真言宗「永見寺」が退廃、その跡地に寿天宗聖和尚が伽藍を再建して改宗・改称した、とされます。

本寺にあたる先照寺は、最盛期に40か寺以上の末寺を抱えた富士地区屈指の曹洞禅刹です。その末寺の中、永源寺はもっとも大きなお寺でした。

『廣國山先照寺縁起』を引くと、開山の寿天宗聖和尚は先照寺に26年住したのち永源寺に19年住山し、天文13年(1544)に80歳で示寂。永源寺のほか、鳳林寺(富士宮市/廃寺)を開山しています。以降、先照寺13世天祐寅雪和尚が永源寺中興6世となり、先照寺14世才州伝藝和尚、16世通巌順泰和尚、19世印峰鷲傳和尚などは、先照寺を退いたのち永源寺に隠居しています(先照寺22世俊鱗梅英和尚は永源寺から先照寺へ)。先照寺末の中で、重要なポジションにあったのでしょう。

なお、門前に鎮座している八面神社は、永源寺の元鎮守。永見寺時代から祀られていた地主神で、寿天宗聖和尚の代、大破していたところを再建。山門鎮護および村・近郷の氏神として祀られてきました。

入口

岩本山南麓。山際に堂宇が建ち、山の急な斜面に墓地が広がっています。写真は寺域入口。以前は左手に茶畑が広がっていましたが、先ごろ取り除かれすっかり空き地。駐車場にでもなるのかな。

参道

参道風景。

山門

山の緑を見上げながら参道を歩くとほどなく山門。大正期再建の素朴な木造建築。

六地蔵

山門前に六地蔵。そばに明和4年(1767)の禁牌石や天明6年(1786)の庚申塔もあります。

境内

境内風景。みどり豊かです。

地蔵

地蔵尊と釈迦三尊

本堂

新しい本堂と、対照的に古寂びた観音堂。

本堂

平成15年暮れに本堂を焼失。同20年に本堂・位牌堂・書院・庫裏の建設が起工し、22年に竣工。いまは瑞々しい素木の入母屋造り本堂が迎えてくれます。

再建

再建中の本堂(平成20年9月)。

再建

再建中の本堂(平成21年3月)。

蟇股

本堂向拝には唐獅子やぼたんの彫り物。写真は蟇股の唐獅子親子。

観音堂

本堂脇に子育観世音菩薩をまつる観音堂。こちらは焼失を免れました。

水子地蔵

観音堂うしろに水子地蔵尊。


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この記事へのコメント

- タク - 2011年06月10日 18:24:47

新しい本堂が、これから長く大事にされると良いですね~

- たっつん - 2011年06月10日 21:02:14

こんばんは。
唐獅子親子の木目、私は好きですね。

タクさん - やそば - 2011年06月11日 14:32:24

そうあってほしいですねー。
100、200、300年…檀家や地域の方々から親しまれつつ、
ながく後世に伝わってほしいなーと思います。

たっつんさん - やそば - 2011年06月11日 14:43:45

ホントだ!
そう見てみると、イイ感じですね。
彫り師の方は、こうところも考えているのかな。

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