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岩本山実相寺の塔頭碑

塔頭跡

岩本山実相寺(富士市岩本/日蓮宗霊跡本山)の黒門を抜けると、表参道がまっすぐ延びています。石垣が両側を縁どり、その外は駐車場や空き地となり、一角には實相寺立正研修会館・日蓮宗静岡県中部宗務所があります。

表参道の中ほどに「真乗院」「常在院」と刻まれた石碑が立っています。いずれも実相寺にあった塔頭の名です。天明6年(1786)9月の『駿州富士郡岩本實相寺末寺帳』をみると、「法華宗一本寺 岩本山實相寺 塔頭拾軒 末寺拾五ヶ寺」と所載。そのころ、表参道の両側には塔頭が軒を連ねていたようす。

表参道
実相寺表参道

真乗院は六老僧日持上人、常在院は六老僧日興上人の開基と伝えられています。両人とも日蓮上人の最高弟であり、日蓮上人が一切経閲読のため実相寺に入ったころ、ここで修行していたとされています。

真乗院の石碑は、文久2年(1819)6月11日銘。影山氏が久本院妙遠信女の追善に建立したもので、「当院22世恵山日法謹書」の銘もあります。「当院」とはむろん真乗院のことでしょう(実相寺は36世の代)。一方、常在院の石碑は文化4年(1807)11月銘で、岩本や貫戸、万野の人々による建立。「19世恵明院日憲」の銘もあります。

真乗院は明治41年、長崎県長崎市蚊焼町の「清浄結社蚊焼教会」に寺号を移し、大法山真乗院となりました。常在院も明治22年、鑑清院日融上人により山形県東置賜郡高畠町に移転再興。岩本山常在院となっています。

この2院のほかにどのような塔頭があったかは、手もとの資料になく分かりません。ただ、万野八幡宮の年不詳9月の再建棟札に「駿州岩本山塔中宝樹坊 奉造立御新田祈氏子繁栄所 岩本村萬野惣氏子 敬白」とあります。「宝樹坊」があったことは間違いないでしょう。また上伊奈山神社の旧社殿は、正徳元年9月「真乗院日清」によって建立されています。真乗院の僧だったのかもしれません。

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